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検査結果

ミナトセンターで健診を受け、2週間くらい経った頃、
「先生が直接ウーロンママさんにお話ししたいということで・・・、」
と、呼び出しを受け、先生の話を伺いに行きました。

きみまろ先生いらしゃるのかな~と思っていたら、違う先生でした。
検査結果の説明をしてくれたのは、柊又三郎先生。(←わかるかしら?)
柊先生が話してくれたのは、
・良性の葉状腫瘍であること
・この腫瘍はどんどん大きくなる性格があること
・手術が必要なこと
・紹介する病院は再建手術ができる病院が良い
こんな感じだったかな???

このとき、初対面の柊又三郎先生。
この先生に担当してもらいたい!と思ったくらいでした。
声の出し方、顔の表情、質問の受け方答え方。
すべてに不安を感じさせないよう接してくださいました。

グリーン病院を紹介してもらい、治療してもらうことを決めるたのですが、
検査している期間にも、腫瘍は大きくなっているような気がします。
柊先生の話があったから、あまり不安を抱えずにこの期間を過ごせています。

実は、私、グリーン病院の里見先生(わかるわよね!?)の話を聞くまで、
柊先生の言っていたことを100%理解していないことに気付くのでした。。。
柊先生が「再建手術ができる病院」って言ったとき、
私は「ちょっといびつになるくらいでしょ???いらない!いらない!」と思っていました。
里見先生と話した時に、最初にたぶん(←ショックを受けて記憶がちょっと・・・)
「ごめんねー、乳がんの人の例しかないんだけれど、術後の状態を見せてあげるね。
傷はきれいになっているから安心して」と言われ、見せられたのが、
全摘手術の状態のものでした。
頭真っ白。心の中で「えー、ちょっと待って。いや、えー!?えーーー!!!」
あまりのショックで少し前かがみになっていたと思うのですが、
里見先生は続けます。
「この腫瘍は、1回の手術で取りきる!これが大事」
の説明と一緒に、"1回で全部取りきる"と紙に書きました。
先生は私を突き放すでもなく、淡々と説明してきます。
私は「あー、これは一つの方法なんだな。今、私の動揺した心に沿う言葉をかけられたりしたら、私、泣くもんなー」と少し冷静さが残っている部分でこんなことを考えていました。
「この葉状腫瘍というものは…」と腫瘍の性格を絵にしてくださいました。
私は文字で・・・
"腫瘍があるとしたら、この腫瘍は周りに種を蒔く。だから、この腫瘍の周りの種も含めて手術で取る必要がある。
これを考えると、腫瘍とその周り1センチを取る必要がある"
「これから、いろいろ検査をするから。担当してくれる先生に引き継ぐね」
と言われ、また、別の先生に会うことになるのでした。

里見先生の診察室を出て、しばらくして、別の診察室に呼ばれました。
その部屋に入ると、先生が・・・なんというか、若い!!!
童顔なだけかも!と思い、一応、首と手の皮膚を見たけれど、やっぱり若い!
全摘のショックは吹っ飛びました。
失礼ながら「おいおい!大丈夫か!?」
どのくらい若いかって、たぶん、医師になりたて。
30代前半。いってたとしても33か34。絶対35はない。
話して見ると、落ち着いた話しぶりでちょっと安心。
ERだったらシーズン3くらいのカーター先生ってとこでしょうか。

ミナトセンターも含め、これだけ短期間に4人の医師と呼ばれる人に会うと、
1人くらいは「あなたが医師になるって決めたとき、今のあなたみたいな医師になりたかったの?違うでしょ」と言いたくなるほどの医師に当たってしまうんだけれど、今回はみんな、穏やかで優しい。
病院が苦手で、ビクビクしている私にもほんとに優しく接してくださる。
というか、医師だけじゃなく、受付から会計に至るまで、気持ちよく過ごせます。
大きな病院ってもっと怖いかと思っていたら、検査の人も含め、私を"感情を持った人間"として扱ってくれています。
当たり前のことなんだけれど、これが出来ていない病院は確かにあります。

ここでも、検査、検査、なんですが・・・
えー、麻酔をする検査は
検査時の痛みを感じさせないためです。
麻酔をしているのに痛かったら、すぐに「痛い」と言わなくちゃいけない、と勉強した私でした。

長くなったので、この辺で・・・。

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葉状腫瘍3~検査を受ける

楽しかったGWも終わり、
とうとう私は胸のしこりと向き合わなくてはならなくなりました。

GW明け、予約済みの健診専門のミナトセンターに行きました。
まずは、問診。
現在の自覚症状、過去の病歴、親族のがんの経験者などなど聞かれ、
最後に、「健診はきちんと受けましょうね」と言われ、いざ検査。

検査は、マンモとエコー。
マンモはねー。もうねー。。。
心の中で「このドSの機械め!!」とつぶやきながら耐えるしかありません。

その後、楽勝のエコー。

この検査が終わって、先生のお話しになりました。
「ウーロンママさ~ん、6番の部屋へ」と言われ、
先生が待つ部屋に入りました。
私の脳内「この先生、笑っちゃうくらい、きみまろに似てる」
きみまろ先生は、マンモとエコーの結果を見て
「確定じゃないけれどね、可能性として、ウーロンママさんのしこりは葉状腫瘍というもの。可能性だよ!」
と言いながら、手元にあった紙の余白にも"葉状腫瘍"と書いてくれました。
「この腫瘍の治療は手術で切除。入院してね。
ほとんどが、良性だけれど、たまーに悪性がある。
確認するために、今日細胞診していく?」

いずれやらなくてはいけないことは全部片づけてしまおうと
細胞診もお願いしました。
チクッ!チクッ!と2か所針を刺され、ミナトセンターの検査は終わりました。
私の細胞診は仰向け状態で行われたんですが、
このミナトセンターを紹介してくれたハス子さんの時は、
ベッドに1か所穴が開いていて、うつ伏せに寝て、その穴の中に胸を入れての細胞診だったらしいです。
この話を聞いて爆笑。
あー、仰向けで良かった。

結果は2~3週間後、何もなければ郵送で、治療が必要な場合は呼び出しを受けて、病院の紹介状をもらいます。

IMG_1423.jpg
「バンビちゃん、何もしないからね。
ヤムちゃんはただ通るだけだからね。通らせてね」
と怯えながら階段を下りるの図。宮島にて


葉状腫瘍2~健診に行く決心をするまで~

私が胸に異常を感じたのは、
定かでないのですが、去年(2014年)の9月から10月くらいだと思います。
シャワーを浴びていて腕が胸に当たった時に、「あれっ?」と思うような、ちょっとした固さを感じたのです。
改めて手のひらで触っても、その固さを確認することは出来ず、
「気のせいかな」で終わらせていました。
こんなことが12月くらいまで何度あったでしょうか。

2015年のお正月の時には、鏡でよく見ると右胸の外側の異常が外見からでもわかるようになっていました。
しかし、これも、「私の鏡に向かう角度の問題で、角度を変えれば左胸も同じように見えるんだわ」
と自分を一生懸命納得させていました。

2015年3月。
もう鏡を見て、「角度の問題」なんてことをいう状態でないことは明らかでした。
時期によっては、そのしこりに違和感を感じることはありましたが、
生活に支障はありませんでした。
ただ、ここまでくるとさすがの私も「病院に行かなくちゃ」という気持ちが起きました。
そう「病院に行かなくちゃ。ヤムと新米を看取ってから」
ヤムと新米はシニア犬といえど、まだまだ元気です。
その時の私は、病院に行くのは5、6年後かな!?なんてのんきに思っていました。

☆☆☆☆☆
ウーロンとの別れは、言いようもない辛く苦しい出来事でした。
ウーロンを失った直後のことを思い返しても、
まるで夢の中の出来事のようで、現実感はありません。
「病院に行くのは、ヤムと新米を看取ってから」という考えが出たとき、
ウーロンを看取ったのは、私にとって耐えがたい悲しみであると同時に、幸せなこと、私が最も望んでいたことだと気付きました。
☆☆☆☆☆

4月に入って急に、日常生活に支障が出てきました。
なんの支えもないノーブラでは痛くていられない状態になりました。
その時、私が頻繁にネットで調べていた言葉は「乳がん 症状」など、
乳がんのことばかり調べていました。
ある日、自分の症状で調べてみようと、「しこりが急に大きくなる」で調べ、葉状腫瘍に行きあたりました。
それでも、その症状と一緒だというだけで、乳がんではないという確証は病院に行かなくてはわからないことです。

この時点まで、私は誰にも、このしこりの不安を打ち明けていませんでした。
私はご近所の奥さんに相談することにしました。
その方は、数年前に乳がんを患い、今は元気に暮らしています。
仮にハス子さんとしましょう。
ハス子さんは乳がんの手術も終わり、ある程度普通の生活を送れるようになってから、
「ウーロンちゃんのお母さんにも言わなくちゃと思ってね。私ね乳がんで手術をしたの」
と教えてくれました。
今思えば、このことを打ち明けてくれていなかったら、たぶん、今でも病院にもいかずに1人で悩んでいたと思います。
本当に、感謝です。

私はハス子さんに胸のしこりのことを打ち明けました。
打ち明けると同時に
「でも、乳がんとは違う気がする」
「ヤムと新米がいるから、入院はできない!!!」
「私ね、完全に治ろうなんて思ってない。ただ、ヤムと新米を看取れればいい」
入院やら手術やらがいやで必至でした。
ハス子さんは「もし、それが乳がんだったら、看取れないよ」
私「えっ?がんって何年もかかって成長するんじゃないの?」(←この往生際の悪さ)
ハス子さん「転移したらどうするの?看取れないよ。怖いのは良く分かる。でも、病院に行かなきゃダメ!」
私をすぐに病院に行こうと決心させた言葉は、ハス子さんの「看取れないよ」ともう一つ「怖いのは良く分かる」でした。
そっか、この状態を怖がるのは普通なんだと、怖さをわかってくれる人がいることが病院に行く決心をさせました。
ハス子さんに相談したのは、その日の早朝。
1度別れ、すぐにハス子さんは「健診専門のミナトセンター」の住所や電話番号を書いたメモを持ってきてくださり、
「9時になったらすぐに予約を入れるんだよ。絶対、今日電話するんだよ」と言い残して帰っていきました。
ミナトセンターに予約の電話をしたのが、4月27日。予約が取れたのは、GW開け。

その時のわたしは、もう気楽♪
今できることはやったもん♪♪♪って感じで。
IMG_1397.jpg
ってことで、GWは思いっきり錦帯橋や宮島、出雲大社に行ったりして楽しみました。

※病院名は仮名です。

葉状腫瘍になっちゃった・・・

久々の更新です。
いきなりのタイトルですが、
私、「葉状腫瘍」というのが出来てしまい、7月に(たぶん←オイ!)手術することになりました。

いろいろ、思うことがある今日この頃ですが、
まず、言いたいのは、
「みなさん、健診にはきちんと行きましょう!」です。
私のことを実際にご存知の方は、どの口が言う!!って感じでしょうが。。。

そして、これまで犬バカ丸出しブログをしていて、
犬以外のことをあまり話題にするつもりはなかったのですが、
ネットを調べても"葉状腫瘍の手術"の経験談が少ない!
そして、数少ない経験談を読ませていただいて、
不安が膨らむこともありますが、それでも、何もないより何か心強いものを感じました。

ということで、しばらくは犬の話題も交えながら、
これから私が受ける葉状腫瘍の治療について書いていこうと思いました。

ただ、きちんと最後まで書ききれるかどうか今はわかりません。
というのは、葉状腫瘍は胸にできる腫瘍です。
摘出以外に治療方法はないといわれています。
私の場合は、全摘です。
たぶん、手術後は今私が覚悟しているよりも、もっと術後の自分の姿にショックを受けると思うからです。
でも、きっと大丈夫!
どんなに受け入れ難いことが起こっても、"時"はゆっくりと心に受け入れさせることを
私はウーロンの死で知っています。
これもウーロンが私にくれた大切なものです。

とりあえず、今日はこの辺で・・・

izumo.jpg
ゴールデンウィークは出雲大社に行ってきました。
縁結びの神様ですからねー。。。
ちゃんとウーロンの写真を持って、
「もう1度ウーロンに会わせてください」ってお願いしました。
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Author:ウーロンママ
 
 
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家族構成
☆ウーロンママ
☆ボノボ(ウーロンママの夫)
  時にヤムのOTTOになる 
 
☆我が家のワンコたち☆

ウーロン(♀)14歳9か月で
平成25年11月21日旅立つ
我が家のトップドッグ

「めざましテレビ」
~きょうのわんこ~出演
わんこ№2208



ヤム(♀)9歳10キロ
鼻にしわを寄せ、
牙を見せながらも
ヘソ天する不思議なコ。
とても弱虫



新米(♂)7歳18キロ
1番怖いのは
ウー姉ちゃんサマ(ウーロン)。
ヤム姉ちゃんは怖くない
意外にお調子ワン

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